12月にアルティ弦楽四重奏団と日本ツアー決定!
珠玉の名曲、モーツァルトの≪クラリネット五重奏曲≫を演奏する
ポール・メイエにインタビューしました。
Q:メイエさん、本日はインタビューに応じていただいてありがとうございます。現在、赤穂&姫路国際音楽祭「ル・ポン」にご参加中ですが、順調でいらっしゃいますか?ご体調は?
はい、とても順調です!お気遣いありがとうございます。
Q:今日は、いくつかの質問を用意させていただきました。まずは、室内楽についてです。ひとくちに音楽鑑賞と言いましても、オーケストラによる交響曲の演奏あり、オペラあり、また、教会で宗教音楽を聴くという場合もありで、そのスタイルは様々です。メイエさんがお力を注いでいらっしゃる「室内楽」、このジャンルの魅力について、ぜひお話ください。
室内楽の魅力はいくつかありますが、第一に作品の数がたくさんある、ということです。作品と演奏者との間に実にさまざまな対話が生まれます。交響曲などの大曲も合わせて書いた作曲家に、室内楽だけを残した作曲家の数も含めますと、その数は膨大です。されにその作品を演奏する音楽家も非常に数多いです。と考えますと、まず多くのバラエティを楽しめることが魅力です。そして、室内楽を演奏する場合、アーティストの中にお互いの言葉を聞き合うような親密な空気が生まれます。多くの場合は数名で上演されますが、その場の雰囲気はとても良いものです。小編成でも豊かな表現にあふれた曲も多く、いくつか聞き込んでみますと「傑作だな。」と感じる曲にも出会います。室内楽は、心のとても繊細な箇所に触れてくる音楽です。
Q:演奏するお立場として、たとえば、オーケストラとのお仕事では、100名にものぼるメンバーがリハーサル室に集まり、指揮者の指示で「さあ、合わせて!」という場合と、室内楽の練習の場合とでは、やはりだいぶ気分も違うものですか?
単純に人数が少ないからといって、「気楽だ」ということではないですよ。室内楽の練習の場合、演奏家個人個人が、まず、自分でとても入念な練習をすると思います。楽器の調整にも気を遣い、楽譜に沿ってもちろん練習もし・・・ 準備の多くを自分で進められる、というところは、たしかに楽な点、というか、利点です。これに対しオーケストラの場合は、そこに集う人たちが、みな綿密に練習してきているかと言うと・・・そうでもないのです。
Q:え? というと、オーケストラの場合は、準備の綿密さがじつは足りないのですか?
いいえ、そうではなくて、大編成のオーケストラは、あの人数が全員そろった状態でこそ、大きな意味をなす練習が多いということです。いくら自分のパートだけ準備しても、結局合わせる・・・ということも重要だということなのです。ですが室内楽の場合は、各奏者が一人で練習できる部分の割合が大きいですね。
Q:なるほど、そういうことでしたか。ところで今回12月に演奏していただくプログラムですが、モーツァルトとブラームス、二つのクラリネット五重奏曲を選んでくださいました。この2曲をお選びになった理由とは?
※尚、京都公演では、演奏曲目が異なります。
【京都公演プログラム】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番、モーツァルト:クラリネット五重奏曲 予定
モーツァルトのクラリネット五重奏曲ですが、傑作中の傑作と呼ぶべき作品です。ブラームスのクラリネット五重奏曲も然りです。この2作品を並べることは、他に類のない最高の組み合わせを連ねることです。クラリネットのために書かれた楽曲の粋ですよ。まず案を出した時点では、もう少し現代寄りの作品も候補に入れてみましたが、いろいろ考えて、今回は、伝統的な名曲を演奏しようと決めたのです。2曲に絞るのであれば、この組み合わせがもっとも贅沢でバランスも最高だろうと・・・自信を持って、「もっとも美しい二つの五重奏曲です。」と申し上げます。
モーツァルトの最高傑作のひとつと評されるクラリネット五重奏曲。同じクラリネット五重奏曲を作曲するに際し、ブラームスは「今日のわれわれには、モーツァルトのように美しく書けなくなってしまった。われわれにできるのはただ彼が書いたのと同じくらい純粋に書くように努めることだ。」と述べたと伝えられている。いずれの作品も歴史上の大傑作だ。
Q : メイエさんの幅広いレパートリーをあらためて考えますと、現代音楽や新作にも意欲的でいらっしゃいますね。今回は時間が許さずそちらまではお聴かせいただけないようですが、いずれはそういった方面もぜひお願いします。
もちろんです。たえずレパートリーは増やしておきます。まだみなさんがあまり馴染んでいない、でも素晴らしい曲もたくさんあります。いつでも「これが聴いてみたい。」とおっしゃってくださいね、リクエスト大歓迎です。
Q : そしてモーツァルトとブラームスですが、二つの五重奏曲の、似たところ、反対に、違うところ、は、どこでしょう?
この2曲を比べてみるのは、それは、難しいことですね。モーツァルトとブラームスの比較ですが、あえてどこが違うのか、ということを考えてみましょう。おそらく、ブラームスの作品のほうが、いま私が述べた「室内楽」と呼ぶ特徴が強いと思いますね、曲全体のボディが小さくて、空間的に小さな場所での演奏を意識していると思います。曲想もややノスタルジックです。それに対してモーツァルトの五重奏曲は、もうすこしコンチェルト寄りと言いますか・・・クラリネットがやや前に出ていると思います。ブラームスの五重奏曲のほうでは、より他の楽器との「受け応え」をする構造になっています。クラリネットを主体に比べたばあい、そのような違いがありますね。でもそもそもが、二人の違う作曲家の作品ですし、作曲された時代も違いますし、つまり「違って当たり前」で、詳細の比較はしないほうが賢明でしょう。
Q:演奏するにあたっては、ご自身として、どちらのほうが難しい、ということはありますか?
いいえ、それはないです。ただ、モーツァルトを演奏するときには、(五重奏以外の曲でも)非常に繊細な要素があり、反対にブラームスの曲はもっと力を込めてのアプローチが許されるといいますか・・・あ、これはあくまでも私の感じ方ですよ。
Q:メイエさんは、すでに長年、指揮者としても活躍しておられます。ご自分が演奏されるときと、他の奏者を指揮される場合とで、ご自分のなかに感じ方の違いはありますか?
「はい」でもあり、「いいえ」でもあります。どちらの立場の場合でも、私の責任は「音楽を完成させる」ということになりますから、それを第一義としますと音への接し方に違いはないです。ですが、たとえば具体的に、今回のモーツァルトとブラームスの五重奏曲を、自分が演奏するときと、自分は演奏しないで指揮をするものと仮定して二つの場合を考えると、姿勢の部分に違いがでてきます。先ほど申し上げましたようにこの2曲はまるで違う曲ですから、指揮をする場合、それをふまえて、目の前の演奏者にどうやって、そのそれぞれ異なるハーモニーをちゃんと完成させるか、それが自分の判断力と引率力にかかっている、と思うわけです。しかし自分も奏者の一人として中に入っているときは、周りの音を一生懸命聴きます。体からむける方向性のようなものが、違ってきます。
Q:観客とのコミュニケーションという視点では、どうでしょうか?演奏するときと、指揮するときとで?
最大の違いは体の向きです。指揮するときは観客に背を向けてしまいますね(笑)。自分が演奏する時は、聴衆のみなさんにむけて音を向けている、と実感が強まります。指揮の場合、私が向き合っているのはあくまでも自分以外の演奏者で、自分は彼らをまとめなければならなくて、そうやってできあがった音がお客さんに届きます。
そういう違いを感じながら演奏したり、指揮したりしています。どちらの仕事も大好きですよ、もちろん。ただ、指揮をするときは、自分自身がちょっと、ニュートラルになるような感じがしますね・・・自分がクラリネットを吹くときは、まさに歌手が自分の声で歌うような感じですが・・・。
Q:今回のメンバー、アルティ弦楽四重奏団とは、いつごろから一緒に演奏されているのですか?
メンバーの中には、長いおつきあいの方もいますよ。川本嘉子さんとは、10年ぐらい前から東京で共演しております。ルチアーノ・ベリオ氏の作品などを一緒に演奏しています。豊嶋泰嗣さんや矢部達哉さんとも、室内楽の公演で何回か一緒に演奏しています。
Q:彼らにはどんな印象をお持ちですか?
ご一緒したことがある方も、まだの方も合わせて、日本の演奏家の方々は素晴らしいと思っています。アンサンブルというものをとてもよく理解している方たちですよね。モーツァルトやブラームスといった重要な作品を彼らと演奏できるなんて、ほんとうに、貴重な機会だと思っています。
Q:そのご意見はとても嬉しいです。せっかくなので、もう少し詳しくお聞きしたいのですが、いまや日本の演奏家たちは有名な国際コンクールでつねに上位入賞を果たすレベルになり、技術的に高い評価を受けています。ただ、欲をいえば、優勝・最高位獲得のために必要な、個性の打ち出し、という面が弱い、という指摘もあります。ご存知だろうと思いますが。この点に関して、メイエさんはどう思われますか?
音楽を演奏するにあたって最初に大切なことは、上級のテクニックや、良い教育を受けたかどうだということは、言うまでもありません。ですが、それがもう備わっているということならば、もうひとつ欠かせないのは、演奏者が自分の持ち味としての明確な表現ができるかどうか、つまり、真に芸術家たりうるか、という資質です。個性を見せると言っても、それはつねに演奏する音楽を通して行われることで、ステージでの演奏にそのすべてがかかってきます。日本の演奏家の場合、私が感じるのは、経験がまだ十分ではないのだろう、ということ。それは、回数の問題ではなくて、西洋の音楽を学ぶ方々にとって、経験の質が「その音楽がつねに生活のなかにある」という感覚ではないのだろうと思うのです。
簡単には触れていけないもののように感じて、遠慮しているのかも知れませんね。でも、私はそんなところにもあらわれている、日本の方の謙虚な性質がとても好きです。ですから、もともと西洋音楽を文化の中心として育った私たちと、日本のみなさんとの間で、情報や経験の交換をしていくことが必要だし、それが前進をもたらすと思うのです。パリでの私のクラスの中に日本の生徒さんもいますが、私は彼らに「われわれはこの音楽をこんなふうにとらえています。だから、こうやって表現するといいと思いますよ。」というふうに教えています。
Q:日本のよさを否定せずに客観的なコメントをいただいて、嬉しい限りです。
当然ですよ、みなさんは素晴らしいんです。私は日本がとても好きなので、指揮者としてももっと、日本でいろいろ仕事がしたいんです。
Q:そこまで日本びいきになられたのにはなにか理由があるのですか?
まず日本の人たちが好きです。音楽家だけでなく、どんな方も。みなさんは、国民性として、美しいものを正しく評価なさいます。音楽家を例にとれば、細部によく気を使って演奏されます。視覚的な美にも非常に敏感ですし、「手仕事」を尊重なさいます。そんな環境の中で、もし近い将来に、定期的に指揮者として仕事ができたらいいなあ、と夢みています。若い日本の演奏家の方たちとたくさんの交流を持ちたいと切望しています。
Q:メイエさんは、フランスのアルザス地方のご出身ですね。現在はフランス領ですが、過去は何度もドイツ領となったこともある、国境地帯です。県庁所在地のストラスブールなどでは、人々が活気をもってかつ真面目に、よく働く、という印象があります。
ええ、そうです。もしかしたら、私が日本に惹かれる理由は、そんな自分の性質にもあるかも知れません。おっしゃるとおりアルザスはドイツ文化をそのルーツに分かち持っていますし、私自身が「二つの文化」を持っていて、つまり、もともと「他国の文化」に抵抗がないのだと思います。そして日本のみなさんは、伝統音楽の国として、ドイツの音楽がお好きですよね。そんな微妙な文化的配合が、いまの自分の「日本びいき」の秘密かも知れません。そしてもちろんフランスも、長い長い文化の歴史を誇る国です。その点は、東洋の日本も共通していると思うのです。音楽だけでなく美術、絵画や視覚芸術の分野でもお互い伝統というものを理解しています。似ているのですよね、きっとね。
Q : 本日は、楽しいお話をほんとうにありがとうございました。今シーズンが充実していますよう、お祈りいたします。
いいえ、こちらこそお礼を申し上げます。12月にはぜひみなさん演奏を聴きにいらしてください。元気にお目にかかりましょう。
インタビュー:高橋美佐(2013年10月12日)